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【インタビュー】レスキューロボットコンテスト95年神戸から未来へ・Part1

2017.09.05  | 
WRITER:
Guinean
 
  • レスキューロボットは、普通のロボットとどんなところがちがうのでしょう?

以前ロボットノートでも紹介したレスキューロボットコンテスト(レスコン)の実行委員会に、インタビューしてまいりました。

ロボット工学の研究者やエンジニアたちが、どのように人命救助にこだわった大会を構成していったのかその秘密に迫ります。

レスコン実行委員長と大会の発案者にインタビュー

ライター撮影(左:升谷保博先生/右:横小路泰義先生)

今回インタビューにご協力頂いたのは、大会実行委員長をされている神戸大学の横小路泰義先生と、レスコンの発案者であり、今回広報担当もされている大阪電気通信大学の升谷保博先生です。

詳細は最後にまとめましたが、日本のロボット開発を支える研究者であり、人材育成に力を注ぐ教育者でもあります。

レスキューロボットコンテストってどんな大会?

ライター撮影(レスコン会場)

レスキューロボットコンテスト(レスコン)は1995年の阪神淡路大震災がきっかけで、開催されるようになりました。

参加チームは遠隔操作ロボットか自律式ロボットを使い、被災現場を模した1/6サイズのフィールド上で複数のダミアンとよばれるセンサー付きのダミー人形を救出する課題をこなします。

ライター撮影(ダミアン)

試合会場にサンダーバードのテーマ曲が流れる中、各チームのロボットが丁寧にダミアンを扱っていました。

とても真剣で緊迫した様子なので1体でも無事に救助が完了するとゲーム自体が終わっていなくても観客席から拍手がおこります。

舞台上の大画面にはダミアン(ダミー人形)の状態が数値で表され、各チームのポイントがリアルタイムで表示されていました。いったいダミアンにはどのような機能があるのでしょうか?

中に加速度や圧力を検知するセンサーが付いていて、体の一部でも雑に扱うと数値化される仕組みです。またダミアンには頭部に小さいブザーが入っていて助けを求めます。その音の周波数や目のLEDライトの色を個体識別として本部に報告するのも課題の一つです。第17回からはQRコードの情報も報告してもらうようにしました。

(横小路先生)

見た目は小人の妖精のようですが、かなり本格的な被救助者のダミーなのですね。

大会の象徴的な存在ですね。個体識別を報告する課題は将来実際の災害現場で患者のバイタルチェックや、非常時に限られた医療資源を有効利用するため治療の優先順位を決めるトリア―ジの補助機能の開発につながるよう考慮されています。

(横小路先生)

レスキューロボットというと、早い動きで瓦礫を乗り越えたり中に潜り込んだりすることが求められるイメージがありましたが、レスコンは救命活動に焦点をあて、人体を優しく扱うことにこだわった競技をしているのですね。

ロボット工学の技術も重要なのですが、人命救助の技術をより重視して競ってもらっています。過去にはダミアンの首に救命用のネックカラーを装着する工夫をしたチームがいました。細かい作業過ぎて競技中センサーや得点に影響したかはわかりませんが、被災現場を想定した各チーム独自の工夫は大会の見どころでもあります。

(升谷先生)

レスコンはロボコンではなくロボット安全テストの国際機関?!

公式ホームページより|救出されるオレンジダミアン

色々なロボコンの形式がある中で、どうしてダミー人形を扱う試合になったのですか?

阪神淡路大震災を契機に、人命救助に使えるロボット開発人材育成、さらに社会啓蒙をしようということになり、そのためにはダミー人形を扱ってもらうのが一番実戦的と考えたからです。

(升谷先生)

阪神淡路大震災がきっかけというのも大会の大きな特徴ですね。人を救助するロボットに焦点がしっかり定まっている事がわかります。

レスコンは実はロボコンじゃなくて、車の衝突テストのような架空のロボット安全テスト機関と言う裏コンセプトがあるんです。一応毎回「国際レスキュー工学研究所」って開会式でもアピールしてるんですよ。参加者にはロボットで人を助けるアイデアをどんどん出してもらいたいと思っています。

 (横小路先生)

すばらしいですね。阪神淡路大震災の後に生まれた人も参加者に増えてきたことと思いますので、初期のころの話を伺いたいと思います。

【災害の忘却と戦う】阪神淡路大震災アトムは助けに来なかった

イメージ:pixabay

ロボットのエンジニアや研究者がどのような経験をし、レスコンをつくっていったのか教えてください。

95年の震災当時、日本のロボットの研究者は大災害でロボットが何もできなかったことにショックを受けたのです。研究者の中にも家や身近な方が被災した人もいて、神戸の街の状態もひどいものでした。

(横小路先生)

阪神淡路大震災はそれまで大きな災害がなかったこともあり、社会的な防災意識を激変させましたね。ロボット研究にも影響をあたえたんですね。

当時はホンダが開発するASIMOが自律歩行をはじめて実現したころです。でも当然ですが、肝心なときにアトムのように救助にかけつけたりできません。もちろん研究者がいつもSF的なことを考えているわけではありませんが、遠い将来のイメージはあるものです。そういった無念さと、ロボットを実際災害救助に活用する研究が抜け落ちていたという反省もありました。95年まで日本が大規模な災害を体験してこなかったからなのですが、やはりそれは言いわけです。

(升谷先生)

ASIMOが一般的に知られるようになったのは2000年ごろだったと思いますが、ロボットの研究者は95年に救助ロボットの活用を考えていたんですね。

それでも、98年から99年すでに震災の忘却がはじまっており、機械学会でもレスキューロボット研究開発の継続性が課題になっていました。災害に備えるだけの機械の開発は、皆重要性は理解していても続けるのが困難な仕事だったのです。そこでコンテストなら、皆を楽しませながら研究開発や教育をすることができるかもしれないと考えました。そのころロボットブームも起こったので、タイミングもよかったといえます。

(升谷先生)

参加者に楽しんでもらいつつ、研究や教育に役だって社会啓発もできるすばらしいアイデアですね。

人命救助の魂こそアトム1号の条件かもしれない

未来のロボットをイメージする時、つい人間っぽいリアルな見た目や強いパワーをイメージしてしまいます。

しかし厳しい環境下でも「人間の生命を徹底して守る」という、とても人間臭いコンセプトをもったレスコンロボットこそ、未来で人に寄り添い活躍する本物のアトム一号なのかもしれません。

 

 

 

【インタビュー協力】

横小路泰義 先生:遠隔操作・ロボットハンドとバーチャルリアリティの専門家。一般社団法人日本ロボット学会の理事等を歴任現在はフェロー。

升谷保博 先生:機械工学と情報学の専門家であり、1997年日本ロボット学会の会誌編集委員だった当時レスキューロボットコンテストを思いついた、まさに大会の生みの親。

【画像引用】

レスキューロボットコンテスト公式ホームページ

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